もうひとつの柏2:「手賀沼のコメ作り」


手賀沼の周りの水田で田植えが始まり約ひと月、日ごとに稲苗が葉色を濃くしています。
一時、手賀沼の水質汚染が問題となりましたが、今はすっかりきれいになり、「かえって肥料代がかかる」なんて軽口が出るようになりました。


水をたっぷり蓄え、治水設備が整っている手賀沼が目の前にあることで、周辺の水田では水不足や洪水を心配することなく安心してコメ作りができています。
農業の担い手不足が問題ですが、谷津田という台地に入り込んだ狭小な水田を除けば、手賀沼干拓地を中心に平坦な水田が広がっていることから経営の集約化が進み、当面、稲作の担い手は確保できそうです。
とはいえ、米価や経費の絡みで必ずしも経営が安定しているとはいえないのが、悲しいところ。
すぐその周りに柏市43万人、我孫子市13万人の合計56万人の人口があるのに…です。

稲の開花

 

ここでちょっと数字遊びを。

手賀沼と利根川に面した柏市と我孫子市には合わせて約2,300haの水田があります。

10aあたり8俵480kgのコメを収穫すると地域内コメ生産量は約11,000t。
一人あたりのコメの消費量を1年に60kgとすると、56万人の人口の地域内コメ消費量は33,000t。
なんとコメの地域内自給率は33%!

地元のコメをすべて地元で消費してもまだコメは足りません。
逆に言えば、まだまだコメを生産しても地元に供給できるということです。
(1ha=100a=10,000㎡、1t=1000kg)

もうひとつ。
農と自然の研究所というNPO法人の試算では、ごはん1杯には3~4,000粒のご飯粒があるそうです。
それは稲株3株からとれる量に相当し、面積にすると0.15㎡。その広さでオタマジャクシ35匹が生息できるといいます。
赤とんぼでみると1匹生きるには0.45㎡の田んぼが必要で、つまり、ごはん3杯食べれば赤とんぼを1匹育てられる、ということに。
柏市と我孫子市の2,300haの田んぼで5000万匹の赤とんぼを育てられるわけです。

もしここでコメ作りができなくなり、水田が埋められるようなことになれば、それだけのオタマジャクシや赤とんぼやそのほかの生き物たちが生息できなくなります。

トンボの羽化

 

2006年、宮城県鳴子地区で農家や観光関係者などが立ち上がり、中山間地の水田を守ろうという『鳴子の米プロジェクト』が始められました。

このプロジェクトは温泉地の景観である水田をまもるために、そこで作られたコメを市場よりも高い価格で買い支えようという運動で、現在も続いているようです。
柏市でも農産物直売所等で地元の生産者が出荷しているコメを購入することは広く根付いていますが、地元の米を食べ支えながら自然環境や農地を守ろうという機運がより高まればいいなと以前から考えていました。

かつて、わが家の田んぼで『納得米プロジェクト』という仕組みを試みていました。
1999年に発足した手賀沼トラストという自然保護団体で農業の基礎を学んだ有志から、「自分の食べるコメは納得する方法で自分が作りたい」という声があがりました。
そこで、わが家の田んぼと農業機械、栽培技術を提供し、2003年から5人の消費者がコメ作りを始めました。
部分的な農作業の体験ではなく、きちんとリスクを含めた費用を負担し、自らトラクター、田植え機、コンバイン等を操作して自家消費用のコメをつくるという本格的な農作業です。
当初は除草剤を使わない稲作も試みていましたが、抑草技術が未熟だったためにその後に断念するという経験も。

わが家としては部分的ですが一種のオーナー制度ですから安定した販売先を確保でき、種まきなどの作業もお手伝いいただけます。
参加メンバーからすれば農作業を楽しみながら“目に見えるコメ”を自給できるという仕組みです。
10人が参加した2008年には50aの田んぼから2,500kgのコメを収穫しました。
一人当たり250kg。一家4人が一年間食べるには十分な量です。
同居家族だけでなく、友人や離れた子供家族に分けるんだと大いに盛り上がったものです。
13年ほどわが家の田んぼで取り組んだのちに、手賀沼トラストがNPO法人になり我孫子市内に80aの水田を確保したことから、現在は活動場所をそちらに移しています。
消費者自らコメ作りに取り組むという点は変わりません。興味ある方はNPO手賀沼トラスト(http://teganuma-trust.jp/)までお問い合わせください。

納得米プロジェクトの初期メンバー
稲の発芽

 

近年、農政では新規就農や企業の農業参入などの動きがあり、大規模法人化や農産物の国際流通なども盛んに叫ばれています。
一方で、わが国の産直提携をはじめ、世界的にも米国のCSA(農家と消費者の提携の仕組み)やフランスのAMAP(農民農業を支える組織)など、命の源泉である食糧については資本主義経済に任せられないという消費者と連携した農業振興も注目されています。


さらに、有機農業で有名な埼玉県小川町の霜里農場では、農産物を消費者に“贈与”し、消費者は自分でお礼の金額を考えるという仕組みの「お礼制」にたどり着き、市場原理から解放されたことでお金に換算されない豊かな人間関係がうまれたといいます。

せっかく贈与と返礼のギブアンドテイクの世界から財の再分配を行う近代社会となり、その後の商品交換の資本主義になったのに、その“進化”?の過程を逆行するような話ですが、農業をしているとすべて「契約」と対価で整理しようとすることでは説明できない場面にたびたび出くわします。

たとえば二つのナシを便宜上同じ価格に設定します。
しかし、二つのナシは全く同じ価値があるかといえば、どちらかが少し変形していたり、重量も微妙に違うかもしれません。
しかし、消費者の方には誤差として「赦し」てもらって対価をいただいています。
あの杉野が作っているのだから仕方あるまいと。「顔の見える関係」というのはこういうことだと思います。

堆肥を土に施すことにも同じようなことが言えるかもしれません。
今年の土づくりで投資した費用は今年のうちに、少なくとも自分の経営する間に回収しないと優秀な経営者とはいえません。
しかし農家は将来、子や孫が作物を作ったときに肥力効果が表れればいいと考えます。
過疎地域などで課題となっている農家が第三者に経営を受け渡す “第三者農業経営継承”は、結果的にそこで誰かが農業をすることでこれまでの存在が承認されるという発想でしょう(第三者農業経営継承:家族に農業の後継ぎがいない農家が家族以外の第三者に農地、施設、機械などの有形資産と、農業技術・ノウハウなどの無形資産を受け渡すこと)。
ついこの間まで、田舎から送られてきた産物のお礼にこちらの地元の産物をお返しに送るという、必ずしも等価ではないかもしれない物々交換により友好関係を確認していましたよね。
“結”による仕事も契約と対価だけでは説明できないですね。

今の視点でみれば合理的な関係性ではなかったかもしれませんが、互いに納得できる人と人のつながりではなかったでしょうか。

田植え後


少なくとも農業では、すべて対等な関係で成り立つ「契約」を結ぶことのできない「対等でない他者」、たとえば田んぼの赤とんぼやまだ生まれていない子孫たちと折り合いをつけるための倫理が行動規範の一つになっているように思います。

柏というまちは“多くの人が住んでいるすぐ隣に広大な農地がある”というのが特徴です。
「今だけ、ここだけ、オレだけ」でなく「これからも、周りも、みんなも」のようなスローガンで、広大な農地と街がこのまとまりの中で持続的に共生できる仕組みはできないでしょうか。
地域内コメ自給率100%は難しいでしょうが、これからも“柏産柏消”の消費者参加型の農業経営の可能性を探っていきたいですね。

 

 

この記事を書いた人:すぎの梨園 杉野 光明(すぎの みつあき)

父の代から沼南地区で梨の栽培を始める。1973年から本格的に梨栽培を手掛け、1988年に就農。2013年には梨栽培を中心に農産物やジャム類・ドレッシングなど加工品も開発。梨シーズン中は自家直売所のほか、道の駅しょうなん農産物直売所でも販売。
また、休耕地を有効活用したひまわり栽培に取り組み、食の地産地消を目指してひまわり油を販売中。

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