もうひとつの柏7:再生する木々と共に暮らす


晩秋から初冬へ、まわりの木々の葉も色づき散り始めました。柏の里山の紅葉はケヤキやクヌギ、コナラなどでしょうか。神社の境内をみると、カシやシイ、ツバキなどの照葉樹が主ですので、紅葉する落葉樹の多くは薪炭や用材のために植林されてきたものでしょう。
私の子どもの頃(昭和30年代)は夕餉の時間にはまだあちこちの家から薪を燃やす煙が見えました。クヌギなどは薪炭用に定期的に切り倒され幹が更新されていたので、夏になれば近くの林でカブトムシがたくさん捕れました。雄の角に糸を結び付け飛ばしたり、雄同士を無理やり喧嘩させたり、可哀そうなことをしたものです。その後、薪が使われなくなると里山は荒れ始め、クヌギも大木化、カブトムシを見つけることが難しくなりました。
わが家に男の子が生まれたとき、ふとカブトムシたちと遊んでいた記憶がよみがえり、畑の端にコナラの苗を植えました。4,5歳になると、朝早くからカブトムシ採集に連れ出しました。第二子の女の子が小学校高学年の時には100匹以上を集め、フリーマーケットで不相応な小遣いを稼いだこともありました。苗を植え30年を過ぎたコナラはこれまで3、4回萌芽更新し、いまだムシたちを引き寄せています。数年後には孫たちがこのコナラの前で目を輝かせているかもしれません。

萌芽再生したコナラ



かつて、子どもの成長と樹木の成長がリンクし、樹木や里山がいかに暮らしに恵みを与えてくれるかを実感させてくれる仕組みが『学校林』として提案されていました。たまたまこの春、学校林の事例が新聞に紹介されていました(2020年3月26日朝日新聞夕刊13面)。1.5haの山林にクヌギ、コナラ、イヌシデなどが茂り、毎月、地域住民や子ども、保護者、教職員、卒業生ら約20人でつくるグループが手入れをしているとか。「子どもたちの五感が自然の力で育まれていく」と校長が話していました。
私の考える『学校林』はこんなイメージ。小学校一年生の時にドングリを播き、苗を育てます。6年生になった時、それを切り倒し薪やシイタケのホダ木にします。薪は夏季校外学習の際のキャンプファイヤーなどで使います。シイタケの菌を打ち込み、出てきたシイタケを給食に提供するのもいいですね。株元が太くなれば成長も早まりますので、区域を6つのゾーンに分ければ毎年の行事サイクルが可能です。春になれば鳥はさえずり山菜も芽吹き、夏のムシたち、秋の紅葉や木の実やキノコ、そして冬木立の梢からも季節の移り変わりが感じられます。一本は切らずに大木にして学校林の歴史を物語らせてもいい。環境が許せば炭焼き体験も。学校林の管理作業や体験学習へは、積極的に森林を育成しているNPOなどからの助言や協力をお願いしましょう。

大クヌギの冬木立




今日の農業は担い手不足に伴う遊休農地の拡大と地球規模の気候変動という大きな課題を抱えていますが、気候変動の要因の一つは空気中の二酸化炭素CO₂の増大といわれます。樹木や植物はそのCO₂を吸収し、自らを成長させながら酸素に換えています。樹木が燃えたり腐ると再びCO₂が空気中に放出されるのですが、炭の状態にすると炭素として固定化することになります。炭は無数の小さな穴の空いた構造で土壌の保水性、透水性、肥料保持性を高めます。有用微生物の住処になることで植物の根圏環境を改善し、病害虫への抵抗・予防効果を高めます。さらにアルカリ性を持つことから酸性土壌を中和します。物理性、化学性、生物性いずれにも寄与する最適な土壌改良剤です。
京都府亀岡市では、放置され地域の厄介者になっている竹林と畑を結び付け、竹炭を埋めた畑の野菜は空気中のCO₂を削減し地球を冷やしている野菜、つまりクールベジタブル、略して“クルベジ”としてブランド化した事業を続けています。まずタケを炭化し、畑に施します。採れた野菜は店頭でクルベジとして差別化。炭化によるCO₂削減量は企業へ販売(排出量取引)して農家の収入源にも。温室効果ガスの削減と農山村部へ資金還流を導くという、大学・行政・地元業者・農家・民間企業が協力しての一石で三鳥にも四鳥にもなる社会実験です(食卓から地球を冷やそう 亀岡カーボンマイナスプロジェクト)。
7年前、処理に困っているナシの剪定枝を炭にして“クールフルーツ”を作らないかと亀岡プロジェクトで共同研究している大学研究室から打診があり、わが家で炭化実験をしたことがあります。もともとナシの剪定枝を炭にして畑に還元していましたので、面白そうと快諾。ナシの剪定枝はタケよりも炭化率が高いと想定されましたが、実験により畑から排出される剪定枝は約9t、炭化した炭の量が約3t、そのうち難分解性炭素量という安定的に貯留可能な炭素が約1tという結果が得られました。





ナシ剪定枝の炭化




産地として取り組むようになればさらに大きな数値となって社会にアピールできるかもしれません。市行政からも積極的に評価していただき、当時策定中であった『第二期 柏市地球温暖化対策計画』の中で亀岡プロジェクトが「目的達成に向けた具体的な取り組みの事例」として取り上げられ、「炭素機能を使った農作物のブランド化」が施策とされたのですが……。
残念ながら、焼却つまりローテクで炭化する際に発生する煙が問題視され、柏市でのプロジェクトは頓挫。ハイテク装置で炭化するのではかえってCO₂を排出する可能性がありますし、発生する煙の多くは水蒸気が白く見えるだけなんですけど。2020年11月現在、2050年までにCO₂排出実質ゼロを目指す“ゼロカーボンシティ”を表明した自治体は隣りの我孫子市や野田市を含めて172自治体、人口も8000万人を超えています。さて、柏市は……。


大クヌギの新緑



私の母親の実家の屋敷は4mもありそうなツバキの生垣で囲まれていました。幼い日に帰省した際にはそのりっぱで美しいさまに圧倒されたものです。約200年前、初代が集落の西端に分家する際に、防風、防塵、防火のために植え、以後代々管理してきた家の財産です。ほかの樹種でもよかったものをなぜツバキだったのか。「ツバキは花が咲き屋敷もムラも華やかになる。もし飢饉がおきたらツバキの実の油を売って食いつなげ」そんな初代の言葉が逸話として実家に伝わっています。
最近は木造建築でも用材は外国産。先祖が家を建てる時のためにと屋敷周りに植樹したスギ、ヒノキ、ケヤキは伐採されることもなく大木化。周辺に住宅も込み合ってきて枝を下すのも大変。見事な屋敷林ももはやお荷物状態です。薪炭用に植えられた松林も数十年前にマツクイムシの被害にあいほぼ全滅。下草除去などの管理を怠ったためといわれました。
いまやボタン一つで着火することができ、火がなくともモノを温めることができます。マッチすら知らない子どもたちも多いと聞きます。その一方でキャンプに出掛ける目的が焚火だったり、焚火にあたりながら対談するTV番組や焚火の薪のはぜる音だけを収録したラジオ番組が放送されたりと、木の燃える火がまったくの特別なことになってしまいました。
私の祖父は晩年、薪づくりに勤しみ、小屋いっぱいの薪を残して逝きました。山林を持たない分家として家を興した祖父は煮炊きする薪さえ不自由したそうで、子孫にはそんな苦労を掛けさせまいという気持ちだったようです。その姿をみていたこともあり、わが家では祖父の残した薪を使いきったいまでも薪で風呂を沸かし、薪ストーブで暖をとっています。薪ストーブの前に客人を招くと例外なく羨ましがられます。火を使いこなすことで人類が誕生した原体験が呼び覚まされるかのようです。世界的にSDGs(持続可能な開発目標)が標榜される今日、再生可能な木々と共にある暮らしを再構築することの意義はより大きくなっていると考えます。

この記事を書いた人:すぎの梨園 杉野 光明(すぎの みつあき)

父の代から沼南地区で梨の栽培を始める。1973年から本格的に梨栽培を手掛け、1988年に就農。2013年には梨栽培を中心に農産物やジャム類・ドレッシングなど加工品も開発。梨シーズン中は自家直売所のほか、道の駅しょうなん農産物直売所でも販売。
また、休耕地を有効活用したひまわり栽培に取り組み、食の地産地消を目指してひまわり油を販売中。

https://sugino74en.jimdofree.com/
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