生活の中の身近な場所として

- 地域のお寺を守るということ -

実家は、つくばみらい市のお寺で、小学校の低学年の頃から、住職である父についてお手伝いをしていました。かわいらしい坊主頭の子どもが出てくるので、みなさんとても喜んでくださっていた思い出があります。

布施弁天東海寺の先代のご住職と、私の父は同じ真言宗豊山派で親交があり、布施弁天東海寺の後継者が不在になってしまうということで、私に白羽の矢が当たり、平成28年にこちらのお寺へまいりました。

ちょうど30歳のときで、まだまだ住職としては若く、しかも他県から来ましたので、地域のみなさんと関わりを深めたいと、お寺でお祭りを開いたり、地域の集まりに顔をださせていただきました。

- ご本尊の弁天様 -

布施弁天東海寺のご本尊は弁天様です。ほとんどの神様は、性別を超えた完成された出で立ちですが、弁天様は女性の神様。つまり女神です。人間と同じように性別があり、人間の私たちにすごく近づいてくれる。隣にさえ座ってくださり願いが届きやすい、聞いてくれやすいことで、人々から厚い信仰があります。

こんな実話があります。
東日本大震災から10日ほどたった頃、ご祈祷をしてほしいとお申込みの方がいらっしゃいました。住所を拝見したところ、南三陸町とあり男性のお名前でのご祈祷でしたが、来られたのは女性でした。我孫子にお住いの方でしたが、お兄様が南三陸町の消防署にお勤めの方で、ほかの人々を避難させているうちに行方不明になってしまわれたそうです。

10日も経っているので、お兄様が亡くなっているのはわかっているけど、体を見つけてお葬式をしてやりたいという切ない願いでした。私も「亡くなっている人を探してください」というご祈祷をするのは初めてでした。

ご祈祷から一週間たった頃、お体が見つかったと笑顔できてくれました。女性はご祈祷後お札を抱えて、その足で南三陸町へ飛んだそうです。現地をながめていると、どうしても気になる場所があり、自衛隊の方にもう一度調べてもらったところ、お兄様が見つかったそうです。
やっとお葬式をしてお坊さんに拝んでいただき、「ありがとう」という気持ちで送ることができたと、とても喜んでおられました。

お葬式は、ただの儀式ではなく、生きている人が亡くなった方へ感謝を述べるためのものなのだと思います。

人は産まれてから大人になるまで育ててもらい大人になってからも、沢山の人々との関わりの中で生きています。
人生の先輩のみなさまには、ぜひ「息子や娘に迷惑をかけたくない」と遠慮したり、「嫌われるから黙っておこう」と、口をつぐまないでいただきたいと思います。
みなさま方の経験は宝です。
生きている人に都合の良いお葬式をするのではなく、亡くなられた方へ感謝の気持ちを伝えていただき、残された家族が前に進めるようなお葬式をしていっただきたいと思っています。

― お寺とは -

お寺といえば、「ちょっと相談事があったら寄っていく」「お味噌を借りに行く」「用事がなくても寄っていく」など、人々の生活の中にある拠り所でもありました。用がないと来られない、聞けない場所ではありません。「お花見がてら」「買いものがてら」、ぜひ「・・・がてら」お越しください。

布施弁天東海寺を会場に、毎月、第1の土・日にマルシェを開催しております。名付けて「BenTenマルシェ」。物販やキッチンカーもでます。

布施弁天に来ていただいたら、楽しい気分の方はさらに楽しく、怒っている方はおさまるように、泣いている方の涙が止まるようにと、日々努めております。
生活の中の、身近な場所としてお立ち寄りください。

インタビューされた人

茨城県つくばみらい市

大正大学 人間学部 仏教学科卒業

下村
しもむら
法之
ほうし
プロフィール

大学卒業後、真言宗豊山派総本山長谷寺で2年間修行。
実家の茨城のつくばみらい市の清安山不動院願成寺に戻る。
平成28年、布施弁天東海寺に奉職。