毎年秋の「アートラインかしわ」の時期になると、柏駅周辺にさまざまなアート作品が登場します。風になびくフラッグ(2021年)、巨大な壁画(2020年)や天井画(2019年)、群れをなすインコのオブジェ(2018年)などを目にされた方もいらっしゃると思います。これらの展示がかたちになるまでに、アーティストや実行委員会メンバーの間で何が起っているのか、舞台裏の話をひとつご紹介したいと思います。
2015年の「かしわの根っこ」
2006年にスタートしたアートラインかしわは、2015年がちょうど10回目。いつもなら、街中の展示場所は、原状復帰を前提にお借りするのですが、この年は初めて「会期後も残る作品」に挑みました。
アーティストは淺井裕介さん。彼が全国各地で描いている「植物になった白線」という作品シリーズがあります(代々木公園の例)。横断歩道の白線の素材を使って路上に描く絵画で、これを柏駅周辺で展開したのが2015年の「かしわの根っこ」でした。
とはいえ作品を残すとなると、設置場所の許可を得るのは容易ではありません。6月中に淺井さんと候補地選びの下見を行ない、その後、提案書を携えて各所にお願いに伺いましたがなかなか良い返事がもらえません。それでも実行委員会メンバーの人脈に支えられ、2ヶ月かけてようやく設置場所が8箇所決まりました。
この作品は、素材のシートから自由にモチーフを切り出し、そのバーツを設置場所で並べ、焼き付けることで絵が完成します。本番は10月上旬で、モチーフの切り出しから焼き付けまで5日間の日程を組みました。完成後は展示場所のマップを用意して鑑賞者に巡ってもらいます。制作の要となる制作補助ボランティアと、モチーフ切り出しワークショップの参加者は事前に募集しました。
本番の5日間
制作補助のボランティアは、5日間の午前・午後に各10名程度、延べ91名の方に参加していただきました。最も遠方からの参加者は兵庫県の方でした。
初日はモチーフの切り出しが中心で、午後は柏髙島屋本館入り口のステージをお借りしてオープンなワークショップを開催しました。興味をもった通りすがりの方にもハサミをわたします。自分の切り出したパーツがこのあと街のどこの作品に登場するのか、探し歩く楽しみがお土産です。
その後の4日間で、各設置場所に作品をつくっていきました。現場で淺井さんが考えた方針に沿ってみんながパーツを並べ、バーナーで焼き付けていきます。「やりたい人がやりたいことをやるときに失敗はない」(「作品を語る」)という淺井さんのまなざしがおのずと参加者に伝わり、たくさんの「やりたいこと」(創造性)が反応し合った作品が姿を現わします。まちなかで制作しているプロセス自体も、人目に触れる作品の一部です。
ハプニングを転じる
制作2日目、作業中に携帯電話が鳴りました。最終日の制作場所の担当の方から、「原状復帰の覚え書きを取り交わしたい」という思いも寄らない連絡でした。最初の提案書の段階から、あとに残す前提で作品の設置許可をお願いしてきたのですが、実施目前の白紙撤回です。やむをえない事情があったのだと思います。とはいえすでに制作場所はホームページなどで公表済みで、中止という選択肢はありません。急遽、淺井さんと相談して、仮設型作品への変更を先方に提案し、了承を得ました。
作業前夜に現場で採寸を行い、当日朝ホームセンターで材料を調達し、木製パネルに白線を焼き付けて設置する作品に替えました。その日はあいにくの雨でしたが、ピロティで工具や照明をお借りしながら制作し、夜9時過ぎに無事に設置を終えました。路上に焼き付けた他の場所とはひと味違う作品です。この作品のみ期間限定展示でしたが、好評を博し、展示期間を3週間延長しました。路上に描いた作品の多くは今なお健在ですので、マップ片手にぜひご覧ください。(西口ポケットパークの作品は、水道管工事のため、今の状態でご覧いただけるのは6月頃までとなります。)
関係性が生まれる場
淺井さんの制作現場では、今回に限らず、お手伝いで参加する人を目にすることが珍しくありません。そのような場で何度か顔を合わせているうちに、次第に顔見知りが増え、居心地の良いコミュニティに参加しているような気持ちになってきます。制作の手伝いなので集中して黙々と手を動かしている時間が長いのですが、一緒に食事をとり、おしゃべりする機会もあります。こうして制作現場は、アーティストの作品制作に参加するハレ(非日常)の場であると同時に、そこで出会った人との間に生じるつながりを楽しむ機会にもなります。
人と人とのやりとりそのものに美的な価値を見出す作品をリレーショナル・アートと呼びますが、今回の制作現場にもそうした価値が生まれていたように思います。それは、完成品を見る鑑賞者の目には直接触れることのない部分ですが、「かしわの根っこ」の密かな魅力で、制作に参加した一人ひとりの記憶に刻まれているはずです。
サポーター
アートラインかしわでは、毎年このようにアーティストと何らかの新しいエピソードが生まれています。私たちの活動に興味を感じたらぜひご連絡ください。随時サポーターを募集しています。そして、今年も秋のアートラインかしわをお楽しみに。(副代表 羽片俊夫)