第5弾となる今回は、手賀沼の水生生物と長年向き合ってきた手賀沼水生生物研究会の鈴木盛智さんです。
手賀沼の生きものを調査し、モニタリングし、変りゆく生態系を見守ってきた水辺の生きものの達人!
自然観察会に行くと、思った以上にたくさんの種類の魚たちに出会え、驚きますよ。
そうした魚の目線で手賀沼を見てみると、環境がどんどん変化しており、自分たちに何ができるのか、とても考えさせられます。
鈴木盛智さんは「まずは水の中に関心をもってもらうこと、手賀沼の中の世界に目を向けてもらうこと、が大切」と語ります。
ぜひ皆さんも、手賀沼の中の世界、のぞいてみてください!
(ヌマベクラブ・鈴木亮平)
手賀沼水生生物研究会(手水研)の発足のきっかけとなったのは、2006年11月に行った手賀沼での観察会でした。
まだ綺麗とはいいがたかった手賀沼に雑魚といわれるモツゴやスジエビが多数いることに驚くと同時に、手賀沼の大津川河口にかかるヒドリ橋の上からブラックバスの群れを目にしたことでした。
「もっと水が澄んでくれば、豊富な雑魚などを捕食する外来魚のブラックバスが増えるに違いない」と危惧し、手賀沼で活動する他のグループにバス駆除の必要性を訴え、翌年から宮城県の伊豆沼で開発された「人工産卵床」によるバス駆除を開始しました。
バスが好む産卵場所を人工的に作り出し、そこに産卵を誘致し、産み付けられた卵を取り除くという方法です。
結果は予想外で2年間で1回の産卵誘致しかできませんでした。
その後の調査から、手賀沼ではブラックバスの産卵時期に浮泥が舞うことで石に産み付けられた卵が死滅してしまうため、ブラックバスの繁殖には適さないということが推察されました。手賀沼にいる在来種は、水草の幹や浮草に卵を産み付けるため、手賀沼のこの環境に適応していることもわかりました。
しかし流入河川の上流域にあるため池などには密放流されたブラックバスなどが繁殖し、川を伝って手賀沼にも少数が生息しています。
人工産卵床による駆除では週2回の観察が必要となりますが、5月~6月に行った活動では、この装置をさまざまな生き物が利用していること、そして産卵期である手賀沼の多くの水生生物と出会えることがわかりました。これが当会の発足した一番の理由になります。
そのため会が当初行ったのは、手賀沼の生き物を探し、また希少な生き物が残っているかの確認作業をすることでした。
昭和40年代にはすでに手賀沼から絶滅したとされる二枚貝のカラスガイや希少なタナゴが残っていないか、「宝さがし」の感覚で始めた調査でした。
そういう会の方向性に賛同してくれた地域住人や研究者の方々と一緒に活動することになり、会としての厚みも増しました。
現在手水研の活動は主に4つ。
「手賀沼親子自然観察会」
「手賀沼の調査活動」
「勉強会」
「四つ池保全活動」です。
4番目の「四つ池保全活動」についてお話しします。
きっかけとなったのは、2003年に日本トンボ学会と我孫子野鳥を守る会がNEC我孫子事業場内にある四つ池で行った調査でした。
この時絶滅危惧種である希少トンボのオオモノサシトンボが見つかっていましたが、保全のためには環境がどうなっているか調べる必要があり、2007年、調査に参加されていた我孫子野鳥を守る会の元会長で、当会発足のきっかけとなったバス駆除活動にも参加されていた木村稔さんに依頼され、四つ池環境調査に参加しました。
このとき、オオモノサシトンボとともに外来魚が多数生息していることが分かり、リスク管理の観点から、当会がこれらの駆除活動を開始したのが始まりです。
振り返ればもう15年前になります。
四つ池保全活動では、結果が目に見える保全活動ができることから、研究者の方々といろいろな方法でアプローチを試みることになります。
アプローチの方法をいくつかご紹介すると、まず駆除釣りです。次にトラップを仕掛け定期的にチェックをする。人工産卵床や産卵防止ネットという方法や小型定置網も試みました。またトンボの住みやすい環境づくりにも腐心しました。
2012年には、四つ池最上流のD池で2週間ぶっ通しの池干しをおこないました。その際、のちにゼニタナゴ野生復帰事業を展開するきっかけになる二枚貝500体の生息を偶然にも確認しました。
しかし翌年、台風26号によって四つ池が冠水し、池干し後の池に再び外来魚が入り込んでしまう事態が発生。活動は振り出しにもどります。
転機が訪れたのは、2015年、7年前です。当会会員でもある土浦自然を守る会の萩原冨司氏より、50匹の利根川水系由来のゼニタナゴをもらい受けたことです。この個体群は、元観音崎自然博物館(神奈川県)館長の故・石鍋壽寛氏が関東のゼニタナゴの絶滅を危惧して1989年に霞ヶ浦美浦の湖岸で捕獲し、琵琶湖博物館で継代飼育されていたものです。
2011年の千葉レッドデータブックには、ゼニタナゴについて以下のように記載されています。
「【県内の状況】タナゴ同様、利根川水系を中心に分布していたと推定されるが、近年急激に減少してきた。減少原因はタナゴとほぼ同様である。今回の見直しでの調査でも利根川低地での生息が確認できず、絶滅あるいはそれに近い状況になったと考えられ、2006年改訂版に続き、消息不明・絶滅 (X) に変更した。」そして千葉県の2019年の改訂版でも、ゼニタナゴはX 消息不明・絶滅生物になっています。
故・石鍋氏が保護したゼニタナゴは、霞ヶ浦市民協会、土浦の自然を守る会を経て当会へ譲渡されました。これらのゼニタナゴは遺伝的に関東集団として確認済みです。2015年、その貴重な子孫たちの飼育を我孫子事業場内にある人工池で開始し、翌年春 ゼニタナゴ稚魚が見つかり繁殖が確認できました。
しかし地域絶滅した生き物を、野生復帰させるには、実は大変なハードルがいくつもありました。
そのいくつかをご紹介すると
① まずゼニタナゴの飼育です。人工池には、千葉県中央博物館からリスク分散のため移譲された手賀沼絶滅種ガシャモクや四つ池に生えていたエビモを入れ、植物食のゼニタナゴの餌としました。これらの水草は刈り取る必要があるくらい繁茂し、ゼニタナゴの餌の心配はなくなりました。
しかしタナゴの産卵母貝となる二枚貝が、エサであるプランクトンの珪藻類の不足のため、春になる前に餓死してしまうことが判明。人工池でのゼニタナゴ繁殖は停滞が続きました。この難題の解決には数年かかりましたが、その方法はちょっとした企業秘密です。知りたい方は、ぜひ当会に加入して活動にご協力ください。
② 2019年1月に満を持してふたたび上流2つの池で池干しを実施。しかし肉食魚がいなくなったことにより、池の環境自体を壊すアメリカザリガニが激増。人力によるトラップでの捕獲では、増加を食い止めることはできませんでした。しかし各地で保全団体がザリガニ問題に頭を抱える中、解決のための一つの試みである利根川の天然ウナギの導入では、手賀沼漁協組合員の香取武さんのウナギ捕獲のご協力を得て、うまくいきつつあります。
③ 2020年は新型コロナによる活動自粛のため、2019年秋の大雨による四つ池冠水の状況が把握できない状態でした。2021年からNEC側の計らいもあり、活動ができるようになりましたが、池干しした最上流の池で外来生物が大繁殖していることが判明。また振出しに逆戻りです。
これらの困難な状況を解決するいくつもの試みの中で一番効果的だったのは、実は駆除釣りでした。釣り名人の揃った東京勤労者釣り団体連合会(東京労釣連)や法政大学のボランティアの皆さんのご協力、そして当会会員のたゆみない尽力により、外来魚の駆除が進み、今年2022年10月2日には星野順一郎我孫子市長と我孫子市民をお招きして、人工池のゼニタナゴをD池に放流する「利根川水系ゼニタナゴの野生復帰」のイベントを開催することができました。
外来魚は一度入れられたら、もう手の施しようがなく、共存して利用するしかないと某有名釣りキャスターが発信されていますが、実際にはこれは間違いだと思います。環境保全に関心のある釣り人の自発的協力さえあれば、外来魚の影響を最小限に抑えることは可能です。四つ池におけるゼニタナゴ野生復帰活動は、その実証の一つになったと思います。
NECとの協働によるこの活動は多くの皆様のご協力により2022年度自然保護大賞の選考委員特別賞https://www.nacsj.or.jp/award/index.phpを受賞し、また、2022年度の千葉県文化の日功労賞の環境功労章を受章しました。また希少種の保全されている四つ池は、次期生物多様性国家戦略のカギとなる自然共生サイトの候補地(30 by 30)https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/にも選定されました。
手賀沼でも外来種問題は手水研が活動を始めたころより深刻になっていますが、一人一人の心がけ次第では、また復活する日が来る可能性はあると思わずにはいられません。絶滅したゼニタナゴの野生復帰をめざす活動を通じて、私たちは手賀沼を地域住民や水辺に親しむ親子が、希望をもって触れられるフィールドにできたらと願っています。
手賀沼水生生物研究会 鈴木 盛智