(イラストレーション:新星エビマヨネーズ)
こんにちは、所英明です。
ホントの話、昨年の6月から始まったこの連載も今回が最終回です。終わりに、地元の児童文学専門新刊書店のハックルベリーブックスと、大阪は文の里という駅の商店街にある「みつばち古書部」のことを書いて、本の未来にちょっと思いを馳せながら、連載を締めくくりたいと思います。
■ハックルベリーブックス
馬鹿げた問いかも知れないけれど、人は何故、本屋さんなんてものをやりたいと思うのだろう?
ハックルベリーブックス店主の奥山さんは、元高校教員だけれど、その前からいつかは本屋さんをやりたいと思っていたのだという。在職中から、書店員とはどんな仕事か、とセミナーに参加したり、書店を建てる土地を探したりしていた。
いよいよ教職を辞して、本屋を始めようと様々な人に話をしたら、ほとんどの人から「やめた方がいい」と言われたという。まあ、そうだろうとは思う。それが2000年代半ばくらいのことだそうだ。
最初から、土地を借りテナント料を払っての書店経営はとても無理だと判断していた奥山さんは、所謂裏カシの一角にある土地を運良く見つけて買い、店を建てた。退職金をつぎ込み、ローンを組んだ。ただし、直ぐに開店したわけではない。担任になったタイミングもあり、さらに4年ほど教員を続け、その間に借金を減らしつつ、退職後漸く店を開いた。
最初から順調にことが進んだわけではない。そもそも本を仕入れるためには取次店と契約しなければならない。しかし、小さな店と契約してくれる取次は限られる。月間の売上げで100万円程度を期待される上に、契約時にはその2〜3倍の契約金を求められるのが通常だという。幸い、土地を担保にすることで、契約金を払わずに済んだ。
雑誌をほとんど置かず、自らセレクトした本を取り寄せて棚をつくる形を選んだ。基本的に買い取りだ。返本は出来ない。棚に並んでいる本は、基本全部読んでいる。リスクはあるやり方だが、取次店任せの配本は嫌だった。
記念すべきオープンは2010年の10月。運が良かったのは近くに住んでいて市議になりたての山下洋輔さんなど発信力のある客が店を見つけ、柏まちなかカレッジのメンバーなどが出入りするなどして、存在が知られ始める。2階のレンタルスペースの利用者が徐々に増えていく。前回述べた古本のフリマ「本まっち柏」などの活動もハックルベリーを拠点に始まった。
大学で児童文学等を講ずる非常勤講師を三つ掛け持ちし、店番をしながら講義の準備をし、ライフワークの評論の執筆にも時間を割いた。そして店は今年10月、10周年を迎える。しかし、店の経営はやっとトントンだという。もし、テナント料を払っていたら赤字だ。試行錯誤の10年だったが、それでも、これが現実。
当初から、個人経営のお店が成り立たないような、行き過ぎた資本主義の風潮に挑戦したい、という思いもあったという。10年やってみたが、状況は動かない。これでいいのか。本屋に限らず、チェーン店ばかりではつまらない。その思いは今も残る。
それでも奥山さんは、40万都市の柏の中に、独力できらりと光る文化の灯を構え、老若男女が集う貴重な場を提供している。世の中にはそういう物好きな人が必要なのだ。
■みつばち古書部
「本まっち柏」の常連出店者さんだった北山さんが、お仕事の都合で関東から関西に帰られてしばらくして、実は面白い古本屋さんがあるんですよ、と教えて下さったのが、大阪の「文の里」という駅から徒歩一分、駅前商店街にある「みつばち古書部」だった。
無駄に好奇心旺盛なぼくは、関西に行ったついでに早速「みつばち古書部」と、その生みの親である古書店「居留守文庫」の店主・岸さんを訪ねた。それが2017年11月。そして、話を聞いてみてびっくり。いやはや面白いことを考える人がいるものです。みつばち古書部は2017年7月にオープンし、手探りで新しい古書店の姿を模索している最中だった。
そもそも岸さんは演劇人。長く住まわった演劇の世界から古書店主に転じるきっかけは3.11だったと言う。震災後にボランティアとして石巻に赴き、半年ほど住み込んで復興支援の活動をした後、大阪に戻って自身の今後を考えた時、以前から漠然と考えていた古書店主になることを選んでいた。
そして始めたのが文の里の住宅街にひっそりと佇む居留守文庫。面白いのは、演劇の世界で舞台の段差をつけたりするのに使う「箱馬」から発想して、木箱を積み上げる方法で店をつくっていること。木箱が積み上げられ、その中に本が収まる独特の空間になっている。
みつばち古書部のきっかけは、居留守文庫のお客さまだった駅前商店街の空き店舗の大家さんから、お店を出してみないか、と誘われたことだった。個人営業なので、二店舗の運営は難しいが、木箱を使い、古本好きの人々に箱単位で出品場所を貸し出し、場所代の代わりに日替わりで店番を担ってもらえば、テナント料を払って古書店の運営が可能なのでは、と考えた。
そんな風変わりな仕組みの古書店に出店者が現れるのか、心配していた岸さんだったが杞憂だった。少しずつ箱の数も増やし、出店ルールにも工夫を重ねて、現在は店内に100を越える箱が積み重なり、個性豊かな本が並ぶ。その様子は正にみつばちの巣だ。出店者も90組近く、店番予約がすぐに埋まるほどになり、テナント料を安定的に払えるまでになった。(詳しくは、別葉の「みつばち古書部の仕組み」を参照のこと)
この試みをぼくに教えてくれた北山さんも「東風451」の屋号で出店し、定期的に店番も務めている。古書「部員」として、現役の書店員や古書店主、一箱古本市などで趣味的に本を売る活動をしている人や著作活動をしている人など、様々な本好きが集い、本を出品し、また日替わりの古書店主を楽しんでいる様子が窺える。
岸さんによれば、始めから意図したことではなかったが、このような仕組みがうまく行くことが分かって、参考にしてもらい、同じような試みが広がっていくようなことになれば、とても嬉しい、とのことだ。
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9回にわたって、本や書店、図書館、古本市などの話題を取り上げて来たが、ぼくが書ける範囲は僅かで、また、本を巡る状況はたった今も目まぐるしく変わりつつある中、及ばずながら、ひとりの本好きとして、本について書かせて頂く機会は有難かった。
願わくは本という文化が、今後もぼくたちを支え続け、励ましや勇気を与え続けてくれますように。
ハックルベリーブックス
http://www.huckleberrybooks.jp
居留守文庫/みつばち古書部
https://www.irusubunko.com
風文庫/芦屋みつばち古書部
https://kazebunko.com
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